告白します―追記 [草の根的メディエーションのつぼ]

カテゴリーを「草の根的メディエーションのつぼ」に変えました。 

私の中で彼女のことはいつまでも気にかかっていて、決して頭から消え去ることはありません。 「許してもらいたいとは思わない」、正確には「許してもらえないこともある」です。 『許して欲しい、謝りたい』は私側の事情です。 それで相手も楽になるならいい。ですが、実は私には別の人とのことで「決して許せない、許したくない」ことがあります。私は相手の人にそのことには触れられたくありません。深い悲しみが蘇り、傷が痛み出すからです。 私自身が自分のその痛みに堪えられない。なので、彼女が私に対して心のドアを2枚貝のように硬く閉じたと感じた時、それ以上ノックするのを止めました。

私は自分の傷を癒すためにこのメディエーション活動をしているのかもしれません。 人は色々な状況と事情が重なりあって、本来大切に思う人を傷つけてしまう。 「成せば成る」は違う、世の中「どうにもならない」こともある、と常に肝に銘じています。 それでも、もし、どうにかなる可能性があるなら・・・どうにかなって欲しい、心の荷物を降ろして楽になって欲しい。 心の傷の痛みを思いやるメディエーションは打って付けの手法だと思えます。


告白します [草の根的メディエーションのつぼ]

自分の頭の中では充分に色々考えたすえに、いえ、色々な思いが噴き出して、相手に対して突拍子もない第一声を発する、という非常に情けないことが、私にはよく起こります。自分が恥ずかしいだけならいいのですけれど、その一言が相手に対してとてつもなく失礼だったり、傷つけたりするから困ります。 「女の子なんだから」「男の子だから」の類の差別用語にうるさく反応したり、職業や地位にランクをつけるような価値観に異を唱えていながら、育ってきた環境の中で刷り込まれた社会通念的な価値観がポロっと出たりする。例えばどなたかのお子さんが聞いた事がない◎▽○大学にいっていると聞くと、条件反射的に「なんだ、たいしたことない」と頭をよぎる・・・とか。 気を付けようと努力はするけれど、なかなか変われない。以前はそんな自分が嫌で、いっそ気がつかなければどんなに楽かと、嘆いたけれど、今は、気がつくからメディエーターに向いている、と肯定的に解釈しています。 当事者さんには相手が勘ぐるほどの悪気はなくて、ただ私のように言葉の使い方を間違えたり下手くそなのだ、と理解できます。 と、開き直ってはいますが、最近またやってしまいました。いつも、慌てることなく理路整然とした物腰の友人がいます。彼女のようになりたいな~。 

ところで、始めて自分の軽率な発言を思い知ったのは、まだ30前後の頃、海外店での勤務を終え帰国し、住まいを札幌から東京に移してすぐのこと。 私の頭と心には色々な思いが交錯し、苦しみも抱え悩んでもいました。それでも、さっそうと風邪を切って歩く私でしたので他の女性達から憧れの目で見られて調子に乗っていたのかもしれません。 ずっと私を支えてくれた、私が一番大切に思っていた友人に数年振りに逢いました。彼女との出会いが有ったから今の私がある、私にとっては恩人とも言えるような人です。明るくきらきらと輝く太陽なような人だったのですが、その時の彼女は、何か苦しみを抱えているようでとても幸せそうには見えませんでした。私の中で自分への思いと重なったのかもしれません。彼女に何が有ったのかも知らないのに、私の口から唐突に出た「自分を大切にして欲しい!」の発言に彼女はぎょっとして、それ以来口を閉ざし、二度と私とは向き合ってくれなくなりました。 彼女は深く深く傷ついたようでした。 私はちゃんと説明したいと思いましたが、それ以上の接触や弁解は彼女の傷をさらにえぐることになると感じて、諦めました。 許して欲しいとは思わない、ただ、彼女が幸せでいて欲しいと願っています。


南ア・カースニー大学合唱団 [その他]

アフリカと言うと、いくつかのお決まりのステレオタイプなイメージし浮かばない私です。干ばつと飢餓、内紛、黒い(人)、暑い、砂漠、そしてターザンの雄叫びが響く森と野生の動物が駆け巡るジャングル大帝(ライオン・キング)の広大なサバンナ。   先日、八王子市南大沢のホールで南アフリカからやってきた若者達、カースニー大学男声合唱団のコンサートがありました。14歳から18歳までの男の子達の合唱団で、青少年合唱コンクールでも民族音楽合唱コンクールでも世界トップランクに位置する合唱団です。 http://www.youtube.com/watch?v=kOn5TR2Z8cE

コンサートの前に、南アフリカ大使主催で、コンサートの主催者である八王子市(市長)と八王子教育委員会(委員長)に謝意と敬意を払うレセプションがありました。(私は市側の通訳のお手伝いで同席させていただきました。)  南アフリカ大使の、市長に対する敬意と思いやりが目一杯に感じられる言動に、私は水をかけられてはっと目が覚めるような衝撃を感じました。 

南アはワインの産地でもあり、今回特にワールドカップのために特別な赤ワインを作ったとかでレセプションでも振舞われました。 ですが、市長は車(ご自分で運転?)なので飲めない、ということで、大使は 「では、お土産に」と速やかに手配され急きょ「贈呈」とうことになりました。   さらに、おそらく、市長はコンサートの時間には他用があり、歌を聞けないことがはっきりしたからだと思いますが、下のホールで練習していた男の子達が上がってきて、市長のために南アの民族音楽を一曲歌ってくれました。 裸足で半ズボンにポロシャツやTシャツの(多分)普段着で、普通のワルガキ(失礼)にしか見えない彼らでしたが、歌い始めると、何ということでしょう! そんなに広くもないただのレセプションの部屋がアフリカの大地と変わり、その歌声はサバンナの隅々まで響き渡るかのようでした。   歌の後、レセプションは続きましたが、子供達はレセプション会場を出る前に「(主催してくれて)ありがとうございます、と一言いたい・・・」と市長のところに挨拶にやってきました。市長も気さくな方で、一人と一人と握手なさっていました。 

久々に心地良い刺激を受けたインターナショナルな一日でした。


母譲り?父譲り? [その他]

すっかりご無沙汰してしまいました。体調管理がうまくいかなくなると年のせいにしてきたのですが、今回は強烈なめまいの発作に始まり、軽い風邪を引いたと思いきや、大好きだったはずのネギ入り納豆ご飯がまずい、コーヒーの香りさえも感じ取れない。 病院でもらった漢方薬が苦味が無くて飲みやすいと思っていたら、そうではなくて、味覚がまったく無い! 尋常ではなかったのはかつて経験した事のない「まったくもって何をする気にもなれない無気力状態」。 もしや・・・ストレスからくる“うつ病”の始まりか・・・? この私が“市民メディエーション・センターを”なんてやっぱり無茶だったのか~・・・!   今日、3週間振りに会った我が太極拳の師で歯科衛生士(技工士?)でもある友人に訴えると「今の風邪の人、みんなそう言っているのよね。味覚が無くなり、やる気も無くなる。」 「えっ? 何? 今の流行りの風邪? な~んだ、そうだったの。」

 1か月ほど前のこと、この8月に83歳になる札幌の母から、朝、電話がありました。朝の電話は、緊急時くらいなので何事かあったのかと思いきや、「今度パソコンを買う、高齢者のためのパソコン教室にお願いして習うことにした。」とのこと。うちの母は重度の視覚障害があるので、音声の出る特殊な機種で、1,2度どこかに行って習ったボランティアのインストラクターさんが家まで来てくれるのだそうです。パソコンで何をしたいかと聞かれ「日記をつけたい」と答えたそうです。 知らない人二人から「あなたは100歳まで生きる」と言われた、とも言ってました。 彼女はほとんど目が見えないのですが、お隣に甥一家がいてくれるとはいえ、いまだに札幌の家で一人で暮らし、毎年夏には夫(私の父)のお墓参りで一人で飛行機に乗って東京にやってきます。 私の“挑戦したい”気持ちのDNAは母親ゆずりなのでしょうか?  然しながら、私はどちらかと言うと性格的にも父親似で、父は結構長く認知症(アルツ)傾向にあり、82歳で他界しました。 さて、私は・・・???