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略奪の連鎖‐イギリス [草の根メディエーターの主張]

今、世の中で何が起こっているのか、自分たちの問題でもある現状に目を向けて欲しい! 

イギリスでは、若者たちの不満・不安のストレスが爆発してしまったようです。
アフリカン/カリビアンの若者が警察に射殺され、その前後左右の警察の対応に納得できなかった少数の人たちの平和的な抗議行動だったものが、誰がどういう切っ掛けで始めたのか、あっという間に破壊と略奪の嵐に・・・。 4日目を過ぎて、今だ、警察の動きが遅いとか・・・。 と言うか、ニュース画像を見るに、通りに繰り出して略奪する若者の数が圧倒的に多く、警察は手を出せない、という状況のようです。
気丈にも自分の店(美容院)を守ったという女性は、警察官が何かしたら、警察を憎む若者たちの怒りがエスカレートして大変なことになっただろう、と証言していました。店から出ろと言われて、彼女は、「自分もあなた達のようにシングル・マザー母子で苦労してこの店をここまでにした。私はここを動かない。」と啖呵を切ったら相手が諦めて隣に移って言ったとか。店には彼女の子供もがいたとか、母は強し、です。

 リバプール、バーミンガム、ハックニーやクロイドン、ノッティンガム、私にも馴染みのある街です。私もよく知っている名前がついた洒落た店のガラスが破られ、ニュース・カメラを気にもせず、平然とさらに穴を広げて中に入っていく若者達の姿に、複雑な心境です。 どのように収束していくのでしょう・・・。

ロンドン都心部繁華街は大丈夫と思っていたら、観光客なら必ず足を向けるオックフォード・サーカスでも起きたようです。ふ~む、大変なことになってきているようです。
一連のニュース映像を見ている限り、圧倒的に警察側の人も応対体制も間に合っていません。
皮肉にも、現政権は国家予算の経費節減で警官の20%カットを打ち出しているとか。 

勝ち負けの競争社会。 一部の人だけが勝ち、負けて這い上がれない人が増え続ける現状。 仕事に就けない、お金を得られない、将来に希望を見出だせない、虐げられていると感じている若者の不安と不満が暴力的に表面化した、ということでしょうか。 
win-loseの個人戦の負け組が集団となり社会的問題を引き起こし、lose-lose(共倒れ:どちらにも不利益)の様相をなしてきた実例と言えます。“自分だけが勝っていれば良い”時代ではなくなっている、ということです。
 

フリーター、派遣切り、と日本でも「負け組」―今後の立て直しに希望を見いだせない、行き場を見いだせない、取り残されていると感じている人―の数は増えています。地震と大津波後の原発問題の影響で、その数は相当に増えることになりそうです。
国政を預けている政治家達は、相変わらず自分の利権にしか目がいってないように見えますが・・・。 
草食系で平和志向の私達、日本人。不安と不満の歪はどのような形で現れるでしょうか? 

例えば原発に賛成する人も反対する人も、国政を決める政治家さんも、勝ち負けの綱引きの手を緩め、「lose-lose (共倒れ:どちらにも不利益)にならないように」是非、考えていただきたいです。私達一人一人も貧困や弱者の問題に真剣に向き合わなくていけない時代です。自分達が暮らす社会の問題ですから。 自分が平和で安定した暮らしを望むなら、他の人の平和と安定も必要です。


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「共に生きる」を考える [草の根メディエーターの主張]

結構前になりますが、日曜の朝、久振りにテレビの前に座った時に、時事解説系/対談系の番組をやっていました。民放のあっちの局とこっちの局で語られていた言葉に「やっとここまで来たんだな~」の感慨がありました。家にいてテレビと向き合って時間を過ごす人はまだ相当数いると思います。テレビという強力なマスメディアからの発信は、人々の理解と意識に大きく影響します。 

 一つの局は、羽田のハブ空港化について。日本の各地に航空便を繋げている韓国のインチョン空港が話題に上り、対抗意識と勝ち負け姿勢の発言をするタレント司会者に、勝ち負けでは負ける者が出て、それは良い結果を生まない。韓国からの便が運んでくる観光客も日本の地方にとって大事、日本は日本で活性化できるように・・・お互いに益になるよう考えていくのが良い、のコメントが出ました。 

もう一つは今後の大国の動向と日本との関わり・・・について。今までは大国は自国のエゴで動いて来たけれど、「自己主張だけでは、自分にもマイナスの結果」「自分のエゴを通したければ、歩み寄りも必要」の世の中になっている・・・のコメント。 日本も「人が生きやすい」方向に目が向き始めたな・・・の感慨でした。

世界の中で、日本は戦後の頑張りで物質的/経済的には先進国の仲間入りを果たしましたが、その反面「人間らしさ=生きている者の証明でもる温かさ=心」を置き去りにしてしまったと感じていました。人は集団生活をする生き物です。他人なしでは生きられない生き物です。競争や戦争で他者を倒して末梢してしまっては自分自身も生きていけないこと・・・当たり前のようですが、そう意識できない社会となってきた、と感じていました。

世界の中で・・・と始めたのは、他の民主主義を唱える先進国に比べて、民主国家としての社会性という点で非常に遅れている、と感じていたからです。そのアンバランスが今の貧困問題・若者の就職難問題・苛めや自殺を生む教育現場の問題・・・等々を作り出したと、断言できると思います。民主主義国家の「自由」には「社会に対する責任」も伴うことを改めて強調したいです。


日本は「破れ鍋」?-無関心 [草の根メディエーターの主張]

子供の頃日本が好きになれなかった私ですが、“井の外の蛙”になり多くの国々を見たことで、日本人の良さ、日本文化の美しさに気がつきました。特に、日本人の繊細さ、真面目さ、温厚な姿勢を誇りに思います。 ですが、残念なことに、その誇れる部分とは裏腹に、「無関心」という点で地球に優しくない・・・資源の無駄使いの多いことには愕然とします。

随分前の話ではありますが、モスクワのホテルでのこと、そのまま捨てられるように、と生ゴミなどを透明のビニール袋にまとめて縛って屑かごに入れておきました。外出から帰ると、ビニール袋だけがきれいに屑かごに残っていました。 NZでは、私でも捨てたくなるようなボロ靴がリサイクル・チャリティ・ショップで売られていて、それをまた買っていく人がいました。お金を掛けてまだ使える物、時には新品が捨てられ、処分される、なんてもしかしたら・・・日本くらい? コンビニのお弁当とか、売れ残った食べ物を当たり前に捨てる私たち。(・・・すみません、そう言う私も食べ物を粗末に捨てることがあります。そんな時は一応「神様ごめんなさい」と言います。)

安さを競うために材料・原料はよその国から安く仕入れる、ところが、その国には貧しくて食べる物もロクに手に入らない人が大勢いる、日本はそんな彼らが作った食べ物を大量に捨てている、という現実。  ちょっと辛口? でも、正直、資源に限りがあるからと物を大事にすることに徹底する人々の国がある一方で、「破れ鍋」のような日本は決して誇れるものではありません。  

資源の無駄使いは、特に何をするにもお金が必要な都市部での暮らしでは、お金の無駄使いでもあります。 イギリスでもNZでも水道の水は貴重で人々は大切に使っていました。 食器洗いのすすぎをけちるなんて、毎日お風呂に入らないなんて、汚い、と思う日本人は多いでしょう。 でも、ちょっと考えてみてください。水道の水にはたくさんの資源とお金が費やされています。その水を、例えば道路にまくのは、その資源とお金をまいているとも言えるわけです。その価値有りということで使うのは結構と思います。国や地域によって気候風土、その他諸事情がありますので使い方は様々と思います。ですが、日本で私達のどれだけが、そこまで意識して暮らしているでしょうか・・・。  

意識していない、つまり無関心、思いやりがないとも言えるわけで、地球にも人にも優しくない・・・しかも、自分を窮地に追いやる揉め毎にいつのまにかはまってしまう、という危険性もはらんでいます。   (ちなみにイギリスで暮らしていた時、お水の成分が日本のとは違い石灰分が多くて食器に残るので、すすぐことよりきれいに拭き取ることの方が大事でした。)


緑の日:自然を大切に [草の根メディエーターの主張]

ニュージーランドに住んでいた時にこんなことがありました。雷雨だったか雪だったか、とにかく大都市であるオークランド市とどこか地方で広範囲で停電になったことがありました。それも長時間続いたので、電力に頼る都市生活は機能しなくなりました。電車は動かない、店は開らけない、食材を調理できない、お湯も沸かせない、電気で水を汲み上げ流す水洗トイレは使用できず、等々、人々の生活が完全に麻痺したオークランド都市部、それとは対象的に、田舎の家では庭で普通に焚火を燃やし、お肉(多分自分とこの羊?)を焼いてBBQ、もともと水道が来ていないのでお水は大きなタンクに雨水を貯めてある、ので何も困らないいつも通りの暮らし、とがニュースで報道されました。「物質文明の発展で便利になった人々の暮らし」について 真剣に考えるきっかけとなりました。

ニュージーランドから帰ってしばらくは生き苦しくて(息苦しくて)つらかったのですが、その生き苦しさは何だったのか・・・:私の個人的な感触ですが、NZでの日常での自然とのかかわりを“100”とするなら東京では“1”にも満たないかもしれません。都会では、物質だけの中で暮らしている人が大勢いることでしょう。都会じゃなくても、概して人々は「物質文明の発達」を手放しで歓迎し、人工的に作り出された「物」の方が価値あるものとして、敢えてお金をかけて追い求めてきたように思います。確かにその「物」のお陰で人々の暮らしは「便利」になりました。でも、「豊かになった」のか・・・というと、どうでしょう? 

自然は、自然界では手をかけなくても普通に再生を繰り返します。お金などは必要ありません。人間も生き物ですから、本来は自然界に属するのですが・・・。 子供を産めない/育てられない。ホームレスや自殺者、虐待・暴力、心を病む人々の増加は、お金と物質に頼る人間の不自然な暮らしへの警鐘のように思われます。 


ツイッター つぶやきサイト [草の根メディエーターの主張]

ツイッター(twitter)という「つぶやき」サイトが若者を中心に爆発的に受けているとか・・・。オバマ大統領や坂本龍一さんなど、超有名人気人も多数書き込んでいるとか・・・。「一日何十回も『つぶやいて』います。」とインタビュされたサイトに投稿するという人。 これって、何なの???、年寄りにはまたまた理解不能の現象のようですが、草の根メディ・フォ的にはとても大事なワン・ステップで、明日に希望を持てるような現象に思えます。

今までは、口に出してはいけない、と自分を縛ってきた弱音や本音を口に出す、っていうことですよね? 慣れてきたら、実生活でも普通に穏やかに本音で話せるようになるでしょう。「本音を話す」はメディエーションでは重要なポイントです。 特に日本人には「縛り」が多すぎます。誰の迷惑にもならない「縛り」は、さっぱり解き放つのが自身の健康のため、社会が健全であるためにも、宜しいかと思います。

ナンバー1 よりも オンリー1 [草の根メディエーターの主張]

「ナンバーワンにこだわることのむなしさ」、確かに。 これからは「ナンバーワン」ではなくて「オンリーワン」の時代ですよね。 従来のように同じような物を売ってナンバーワンを争う競争はきりがありません。負けた方は店じまいに追い込まれ、たとえ勝ち組みでも行き詰まりつつある現況です。お客は、たいして変わらない新モデルや新商品に飽きてきて、大事なお金を使うほどではないと感じ、購買意欲が薄れています。売り手側はlose-loseの様相です。そのしわ寄せは従業員に来て、さらにloserを増やします。

 

そんな中で、娘の買い物に付き合うファッションビルでの店員さんの対応に変化が現れています。 何年か前は、何とか客をつかもう・離さないぞうの「やり手店員」。その気迫に押され、ゆっくり見れない、もしくは捕まって中々店を出れない。なので、余程じゃなければ店内に入らない。 

それがやがて、優しいお姉さんの乗りの「フレンドリー店員」に変わり、声は掛けてくる、でも 「ゆっくり見たいので・・・」というと引き下がる。相談すると親身になって乗ってくれる。でも、お客のご機嫌取りを忘れない―ホントは似合ってないけれど、「良くお似合いですよ」と、取りあえず言ってるのかも・・・の疑惑。 

ところが、この頃は「Win-Win店員」さんが出現です。 店内で「他の店も見てみよう」と普通に言える空気。店員さんも「他にも色々ありますから、他の店も見てみて下さい」の言葉と姿勢。スタイリストとしてアドバイスする際の言葉も、「ご自分では、そのお色がお好きなんですね。」 と、見習いたい応対です。

 

日本もいよいよ変わってきたな~、の実感です。恐らく、お店には、独自の物を提供しているという自信があるのでしょう。他と競うことはあまり考えていない。気に入って買ってくれるお客さんがいる、それで充分。お客の方も有名度よりもそれぞれの好みに会わせて店を選ぶ。これからはNo.1よりもOnly 1の時代、つまりそれぞれの個性や持ち味が評価される時代がやってきつつある、と感じています。

 

男性にもチェンジ [草の根メディエーターの主張]

草食系男子・・・に何の異論もないのですが、男性の元気がないようで、気にかかっています。ウーマン・リブ女性の権利が叫ばれてから数十年、今では女性はかなり解放され元気いっぱいです。親の躾でも、女の子なんだから・・・みたいな表現もあまり聞かなくなりました。 

  

 父:「大きくなったら何なるんだ?」 子:「野球選手。・・・男だったら野球しないと。」 父:「・・・」

子:「▽子ちゃんと○子ちゃんは、野球しなくていいんだ。」・・・自分を納得させているかのような男の子。

 

 先日の高尾山ハイキングで登っている時に耳にした会話です。男の子は5~7歳くらいでしょうか。最近は化粧だけではなく、おしゃれな男性は女性用のスカートをはきこなすとか・・・宜しいじゃないですか。男性も解放されるべきだと思いませんか? 

 


ありのままの歴史を [草の根メディエーターの主張]

私のメディエーションのスタートだった南太平洋のフイジーのように、島国の人(日本人)は、競争や戦いでは切りがなく、いずれは自滅しかねないことを経験から学んでいて、基本的には平和主義者なのだと思います。ただ、不幸なことに、“喉元過ぎたら・・・”で忘れてしまうので悲惨な行為を繰り返してしまう・・・なので、伝承することが大事なのでしょうね。子供達には歴史をきちっと事実として教えていかなくていけないと思うわけです。  

 

失敗は成功の元、と教えながら、「失敗・過ち」を恥とする意識、この種の「教え」と「実際の意識」のねじれ・大人社会の矛盾から解放されると、子供達はもっと健康に育つでしょうし、大人ももっと生きやすくなると思いませんか? 過ちや失敗は「恥」ではありません。先に進むためのステップであって、反省(フイードバック)は必要でも、決して責めるべき材料ではありません。何でこの話・・・そうそう、だから、ありのままの事実として歴史をきちっと教えましょう。  そして、大人は、自分たちが言っている事と実際にしている事の矛盾にちゃんと目を向けるべきと思います。

今までと同じなら、今までと同じ結果・・・って、何? [草の根メディエーターの主張]

 問題が深刻になって最悪の結果にまで発展してしまうケースでは、問題の鍵となる当事者さんにはどうしても問題点が見えない。見えるようなら、それなりに対応していくでしょうから、深刻にはなっていかないので、これはほんとに大きな課題です。最近、最悪の結果のケースの可能性があるかもしれない話を耳にしたので、気になっています。

 「積み木くずし」をご存じでしょうか?家庭崩壊がテーマで、荒れてしまった娘と家族の物語なのですが、作家さんご自身の家庭をさらけだした作品だったと、テレビで話題になった当時を回顧する番組を見て知りました。丁度、うちも娘を育てていて、女の子の難しさを感じていたころでした。 ドラマ化映画化された作品も紹介していたのですが、「え~!何故?」  お父さんは、娘のため、娘も分かってくれた・・・みたいに言っていて、娘さんも、表面上は同意していたような・・・。 でも、思春期の女の子の心は、過剰なほどの羞恥心の塊のようなものです。なので、その映画はその子を丸裸にして皆の前にさらしたようなものです。本心は絶対に嫌だったでしょうに・・・と、心が痛みました。子供は本来、親には測れないほど親に従順です。自分の気持ちと、親の期待の狭間でどんなに苦しかっただろうかと。お父さんは、何とか家庭を、親子関係を正常に戻そうと一生懸命なのでしょうけれど、どうしても自分の思いから離れられなかったのでしょう・・・娘の気持ちを感じ取るデリカシーが足りていなかった・・・それが、実は彼女の非行化の大きな要因だったと思うのですが。夫婦は離婚して、娘さんは結局若くして病気で亡くなったということでした。その時のお父さん(作者)の言葉が、本当にショックでした。娘さんの棺に、その本(積み木くずし)を一冊ならず3冊も「入れてあげた」と言いました。娘さんは、その本と映像化にどんなに傷ついていたか計り知れないと思うのですが、そのお父さんは、これでもかこれでもかと、彼女の傷口に手をぐりぐり入れて広げているようで、本当になんという悲劇なんだ、と絶望感で一杯になってしまいました。お父さんは良かれと思っているんです。

 今私が気になっているケースでは、多分お母さんが鍵なのでは・・・と感じています。 お母さんの思考が今までと同じなら同じ結果、つまりますます悪い方に向いていく行くのでは、と危惧しています。 じゃ、何をどう変えたら良いのか・・・第3者の働きかけが必須と思います。ご自分で気がつくようなら、そこまで深刻なことにはならない、とこれまでの経験から思います。

ビッグイッシュー [草の根メディエーターの主張]

The big issue(ビッグイシュー)という雑誌、知ってますか?結構面白いんですよ。ホームレスの人々に収入を得る機会を提供する事業として、1991年にイギリスではじまった雑誌で、駅の近くでホームレスの人が売っています。ホームレスの人の視点で答える人生相談は読むと力が湧いてくるし、イギリスの英語版が元なので、日本の枠を超えたセンスがあって、300円に上がってしまったけれど、読み応え充分にあります。広告がない分薄くて邪魔にならない感じもいい。

いわゆる街頭募金の類は一切しない私ですが、例外はこのissueと、過去に一回、子供が通う学校の生徒さんが心臓病のお姉さんの渡米手術費用を募り駅前に立っていた時です。私としては知らない人や組織への募金はしないことにしています。と言うか、うちの場合、糸目を付けずに、とはいかないので限っているだけのことですが。例外だったお姉さんは何とか渡米されたようですが、その後のことは知りません。ご幸運を祈るばかりです。その方の場合、幸い、なす術を心得たご家族やら友人やらの存在を含めた幸運な環境が整って多額のお金を得ることができたものと思います。

某知事さんとかが、教育や進学について「自己責任」という言葉を口にしますが、それだけで片付けてしまうのは「不公平」だと思うんです。だって、人は親を選べないし、スタート・ラインが全然違うんですから。「努力」だって、努力できる人は努力する力を持って生まれたにせよ、学んだにせよ幸運だと思います。教育という観点で良い環境に恵まれず悪戦苦闘を強いられ悪循環から抜けられない人/抜けられない場合の方が圧倒的に多いのではと思います。

ビッグイシュー(Issue)は寄付ではありません。諸事情に恵まれずにホームレスになってしまったけれど、再度、頑張ってみよう、努力してみようとしている人を応援したいので、見かけると買います。ATM100200円使わずに、みなさんもいかがでしょう? 是非ご一読ください。


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