2006年APMFフィジー大会について [2006年APMFフィジー大会]

3APMFフィジー大会報告アジア・アフリカ研究2007年第1号(通巻383号)より抜粋  

APMFは、2001年に南オーストラリア大学紛争管理研究グループ代表のデール・バグショゥ(Dale Bagshaw)氏の提唱で世界メディエーション・フォーラム(World Mediation Forum: WMF)の地域組織として発足した。オーストラリアのアデレードにある同大学で開催された創立大会は、「和解:文化の違いを超えた対話(Reconciliation: Conversations Beyond Cultural Boundaries)」をテーマとして、21ヶ国から300人あまりの出席者を集めて行われた。次いで200311月にシンガポールで第2回大会が行われた。(APMFホームページ参照。http://www.unisa.edu.au/cmrg/apmf/ 2006915日アクセス。)  

なおWMF1993年のアイルランドでの国際会議をきっかけとして、1995年にスペインで開催された世界大会で正式に発足した。世界大会はその後1998年キューバ、2000年イタリア、2003年アルゼンチン、2005年スイスで開催され、次回は2007年に予定されている。個人レベルから国レベルまで人々や組織、国々が文化の違いや利害を踏まえて平和的に共存していくことを願い、紛争解決の一つの手段としてメディエーションを世界に広めていくことを目的とする組織である。興味のあるものなら誰でも参加できる。(WMFームページ参照。http://www.mediate.com/world/ ;2006915日アクセス) 

3APMFフィジー大会の参加者は、地元フィジーなど太平洋島嶼諸国やオーストラリア、ニュージーランドを中心として、韓国、マレーシア、アメリカ、カナダ、南アフリカ、アイスランド(在オーストラリア)などからの出席者もいた。日本からは、オーストラリアの大学院に在学中の院生と筆者の2名であった。デール・バグショウ氏とジョン・モミス氏(Chief John Momis)による基調公演、さらにテーマ別に9つの分科会が設けられ、40以上の報告が行われた。 テーマは、教育現場や職場での個人間の紛争、行政と住民との紛争、文化の違いを踏まえた和解と合意、司法の場でのメディエーション(民事や軽犯罪や青少年犯罪への対応)、学校での生徒による生徒同士のもめごと解決(cool school)、太平洋の島々の伝統的な紛争解決、実際の武力紛争のケース、ITを使ったメディエーションの実際と可能性など多岐にわたった。  ここでは、まず、基調講演を簡単に紹介し、章を改めて、分科会などでの事例報告について紹介したい。APMF会長(WMF副会長兼任)のデール・バグショウ氏は、大学では、社会福祉,社会政策、紛争管理、メディエーションなどを教え、メディエーターとしても家族、職場、組織内のケースを数多く取り扱っている。

筆者のメモによりながら、氏の講演の要旨を紹介しよう。(以下、断りのない限り、「」内は筆者のメモからの引用である。)  まず、氏は、次のように述べて、コミュニティ内の人間関係改善にとってのメディエーションの効果を強調した。メディエーションは当事者の関係がその後も続く時に効果がある。別れる二人に子供がいればその後の親権問題、進行中のビジネス、コミュニィティで起きる争いなど様々な場合が考えられる。壁を築きやすい現代社会で、いかに壁を低く、または取り払い、良い関係を続けられるようにするかがメディエーションの役割の一つといえる。またそのような関係が、建設的な対応を生み、当事者のみならず地域全体にとって、好ましい結果をもたらす。」 

しかし同時に、メディエーションの限界を次のように指摘する。しかし、激しい暴力が奮われる場合や両者の力関係に差があり過ぎるときには、メディエーションでは解決できない。」したがって、メディエーションはあくまで、紛争の初期段階あるいは収拾段階で激化を予防するといった効果しかもち得ない。しかし「このところ武力紛争による混乱はますます拡大し危機は拡大する一方」であり、メディエーションがなしうることは多い。メディエーションの立場からは、「拗れて法廷に持ち込まれ長引くまえに、あるいは武力紛争に発展する前にもっと相応しい手段を探す」ことができる。メディエーションの立場からは、「紛争そのものではなく、否定的で破壊的な不適切な対応のしかたを問題として」対応することができる。 

とはいえ、欧米で発展したメディエーションには問題があるとして、氏は次のように西洋中心主義批判を展開し、大会の持つ意義を強調した。「西洋型の権利の概念で自由、選択、個人主義が世界的に強調されている。しかし、文化、宗教,人種の違いについての議論が進むにつれて、西洋型理念に基づく政策が、いかに固定観念や、誤解、圧制をともなったものであるかが明らかになってきた。西洋型の紛争管理には西洋以外の文化や知恵,慣習を劣るものとして見下す傾向があり、その点について考え直さなくてはいけない。紛争の持つ文化的な側面を理解することは国の内外にある経済的、社会的、政治的な問題を理解するのにも役立つ。本大会のようにアジア太平洋地域の紛争について、この地域の人々が共に理解し取り組んでいくことは、国や地域間の協力関係の発展にもつながる有意義なものである。」 文化をめぐる闘争、文明の衝突、あるいはテロとの戦いといった、今日の情況の中で、第3世界でのメディエーションの実践が持つ意義を自覚的に強調した発言として注目されよう。

  

ジョン・モミス氏はパプアニューギニア国会の前ブーゲンビル島代表知事(Governor Chief)であり、33年間務めた議員を昨年退職し、現在南太平洋大学で客員研究員として回顧録を執筆中である。1972年に初めてブーゲンビル州からパプアニューギニアの国会議員に選出され、197275年の間、憲法起草委員会の事実上の会長を務め、パプアニューギニア憲法の父とされている。ブーゲンビル紛争の焦点となった激しい公害をだした銅鉱山対策の明確化や、深刻化した紛争の和解に向けての折衝を議会に働きかけるなど、最終的な和平合意に至るまでの仲介者として重要な役割を果たした。地方自治の重要性を訴え、初の地方分権化担当大臣として19の地方政府の設定にもかかわり、ブーゲンビルの自治権の獲得と拡大にも多大な貢献をしたとされている(以上、大会配布資料による)。

氏はまずパプアニューギニアについて、次のように語った。「大小1万あまりの島からなり、多くの少数民族がそれぞれの伝統を重んじ、独自の言葉と文化を持つパプアニューギニアを、一つの国としてひっくるめることはできない。」したがって、紛争解決の鍵は、「対話と交渉を通して視点を一つにし、対立ではなくいかに協力できるかの合意に達すること」であるとし、そのような当事者たちの視点の変化は、「ブーゲンビルの紛争では、女たちが男たちに対しデモをかけるなど、他人任せではなく自分の問題として多くの人々が参加したことによって、人々の意識が変化したこと」から起こったとする。

氏はこのように大衆参加の契機に注目し、さらに、次のように述べて、平和を持続させる手法と結びつける。「平和を持続させるには、平和的な手法が必用である。その手法とは、女性や青少年など、不利な立場にある者や、不当に扱われている人々にも目を向け、紛争が起きない環境と持続する平和の構築に貢献できる統治構造を、自分たちで造ることができるようにすることである。平和を維持するための人々の権限の強化が、草の根レベルまで届くようなプロセスが必要だ。」

氏は、ブーゲンビルの現状について、「長い年月を経てやっとここまできたが、いまだに、武器を持つ元兵士が時々姿を見せる。今後いかに平和を保つのか法の整備が必用だ。」と語った。基調講演と分科会のまとめとして大会事務局からは、次のような4点の提言が行われた。 

「紛争の解決に普遍的な答はない。」すなわち、「無数の文化と伝統が受け継がれ言葉さえも違う地域を、一つの国家にまとめることに問題がある。」それなのに、「国家を中心に物事を考えることから問題が生まれてきた。」したがって、正しい方法は一つではなく、ケース・バイ・ケースの対応が必要。

②「西洋の優位性への挑戦」すなわち、「西洋式の価値観だけで判断するのではなく、その土地の認識も採用して、伝統的な価値観も合わせ見る必用性がある。」「メディエーションは西洋では新しい概念かもしれないが、ほとんどの文化では何千年以上も前から行なわれてきた。この点について西洋の知識が上回り、ADRについても優れているという見方は改めねばならない。」

「人々が自分の問題を自分で解決できるようにならねばならない。」すなわち、「個人でもコミュニティでも押し付けられた解決策にはリスクがある。」また、「出来合いの紋切り型の解決方法に飛びついてはいけない。表面的に収まったようでも、また新たな紛争を生み出す危険性が多分にある。」「ネット・ワークと対話が重要」すなわち、「誠意を持って人の話を聞くこと」が、重要である。たとえばブーゲンビルのようなケースでも、「充分に時間を取って人々の話を聞く」ことが解決につながった。  

①は、普遍主義批判だけでなく、欧米式の国民国家への批判も含んでおり、興味深い。②、③、④の論点も、ブーゲンビルをはじめ、次章で触れる各地の紛争仲介の当事者の発言を受けて土着の民主主義を追求する発言として、重要なものといえよう。

さらに、完全に解決しているわけではないブーゲンビルやその他の地域の紛争の現状を制約する問題点として、「過去の植民地政策の問題点が今の世代にまで影響し、今後もさらに引き続き不安定要素となるであろう」ことや、「女性や子供、若者など不利な立場にいる人々の権利の擁護が強調されながらも、実際には重要なプロセスから外され、無視されることが多い」ことも指摘された。ポスト植民地状況におけるメディエーションの問題点として、重要な指摘であろう。
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